ルイヴィトングラフィティ財布
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null「品川の|伯父《お じ》も参ってますから、父も|厳《きび》しくは申さないでしょう。それに、羽目を外す事が出来るのも、年に何度とあるものでもございませんもの。でも……あのー……いいえ、あたくし雅之様を御信頼してますわ。していい事、よくない事はわきまえていらっしゃるお方だと……父があの通り頑固者ですし、もしも……」  典子は真ッ赤に頬をそめて、しどろもどろに呟いた。ダイアが血の色に燃えた。 「御心配なく。結婚式をあげるまであなたに指一本触れませんから。さあ、あなたの個室の|鍵《かぎ》をお渡ししておきます。いつでも御自由に部屋にひきこもってください。もし……もしも、僕が酔っぱらって理性のブレーキがきかずに、あなたのお休みになっている部屋のドアを叩くような事がありましたら、遠慮なく大声をあげて頂いて結構ですよ」  雅之は苦笑して、典子に鍵を手渡した。  やがて、宴席の用意の出来た事をスピーカーが伝えた。化粧を直した女性のパートナーをともなった男等は、バンドが景気よくジングル・ベルを演奏する一階キャビンに降りていった。  山盛りの豪華料理や世界各国の古酒の林立するテーブルの照明は、百目|蝋《ろう》|燭《そく》の柔らかな光に包まれていた。ボーイ姿の花井組の連中が、分厚いカーテンを張りめぐらした壁ぎわに立って給仕した。真紅の|絨毯《じゅうたん》が深く沈む室内は十分に暖房がきいていた。 「メリー・クリスマス!」 「ハッピー・クリスマス!」  シャンペーンが抜かれ、パーティは幕を切っておとされた。舞台も|華《はな》やかだった。船長や機関長たちも宴席に加わった。  待ちわびた仮面舞踏は、十時から始まった。用意してきたさまざまの|仮面《ドミノ》をつけた会員たちは薄暗い照明のもとで、たがいに連れあって来たパートナーを自由にかえて、熱っぽい踊りに熱中しはじめた。ショーの踊り子たちもとび入りした。気にいった相手がいれば、踊りながら愛を|囁《ささや》き、一夜の情事を持つことも、とめだてせぬのが会のルールだった。一人で幾人も相手にしても構わないのも魅力だ。  ちょっぴり麻薬を仕込んだ美酒に酔い、|仮面《ドミノ》に素顔をカムフラージュした各界の名士たちは、日頃の威厳を忘れさった。典子は部屋にさがった。  さまざまな仮面も、すべて両眼と唇のあたりだけには穴があけられていた。フロアのいたる所で快感にしびれた|呻《うめ》き声やしのび笑いがあがり、暗い光線の陰になったボックスのシートでは、もつれあった男女がうごめいていた。脱ぎすてられたズボンやパンティーがシートから|滑《すべ》り落ちた。音楽はむせび泣くような調べに変った。  二階キャビンのサロンでは、ルーレットや花札のテーブルが用意されていた。ボーイ姿からクリーム色のメス・ジャケットに着がえた花井組の連中が、胴元をつとめた。壁ぎわにはボーイ服が五、六人警備している。  舞踏場の興奮をそのまま持ちこんだ会員たちが、入れかわりたちかわりサロンに移動してきた。大ていのものが仮面をつけたままだ。勝負で新しい興奮をかきたてられては、下のパーティに戻っていった。ルーレットが廻り、カードが|乾《かわ》いた音をたてた。一ト勝負に十万近くの金を|賭《か》けては、次々にそれを失っていく大臣もいた。素顔に戻った雅之は洪水のように流れこむテラ銭を、無造作に金属の箱に投げこんでいった。すべて五千円札か一万円札だった。その背後の階段は、二階の展望台に続いている。  邦彦は、救命ボートの中でリュックを開いた。暗闇の中で、短機関銃を手さぐりで組みたてた。弾倉に|挿弾子《クリップ》をはめこみ、予備の四つのクリップをポケットにつっこんだ。ズボンのポケットから、両眼の所だけくりぬいた黒い仮面を出して、頭からかぶる。ナイフで覆いのキャンバスを切りさき、右手に短機関銃、肩にリュックを背負って暗い甲板に|跳《と》びだした。ビニールの小便袋は海に捨てる。  メイン・マストの陰から、ボーイ姿の用心棒が不審気な顔を|覗《のぞ》かせた。暗がりを透かし見て、 「お客さん、出歩かれては困り……」  と言いかけ、邦彦の様子に気づいた。ハッと息をのんで尻の拳銃に手を廻す。